「俺は仕事をやめるぞー!ジョジョーーッ!」 一度は書いてみたかったセリフなのですが、まだ確定ではありません。オリジナルは荒木飛呂彦作の「ジョジョの奇妙な冒険」第一部、ディオのセリフです。 経歴について 職務経歴書を公開します。 https://docs.google.com/document/d/1LJRGztFILXGH94YQHuQvz_eEODE3lBg1B-R9AW-QTNI/edit?usp=sharing 2017/12現在の状況 今年から早期退職制度 の対象者となったので、周囲に相談しつつ申請をしたという状況です。承認されれば今年度一杯をもって退職となります。 理由 一言でいえば「待遇に不満がある」のが理由です。調査会社による年齢ごとの年収調査によると、残業を含めた上での額面での現在の年収に対し、平均から-200、最低値と比較しても-100という状態です。 残業に関しては正直なところ「生活残業」状態であり、限度いっぱい働いているような状況です。2年ほど前から私生活上どうしても収入が必要になってしまったのですが、貯蓄もできずぎりぎりの状態を続けています。一方で心身の健康上今の生活を継続するのも厳しい、このままで健康を取り戻すことはできそうにない、ということで申請の決意をしました。 これまでの経験 1990年台後半当初は名古屋で働いていました。当時はインターネットの商業展開が始まった時期で、基本的にDebianでサーバを立てたり、CGIベースでプログラムを組んだりといったことを行っていました。全文検索システムにfreeWAISやNamazuを使うこともありました。当時はFLOSS活動が業務と直結していて、この時代は業務時間内のコミットも自由にできていました。この頃はDebian Projectは2000年問題に対して積極的な取り組みをしており、私自身も2000年をむかえる時にサーバーが無事年を越せるか現場待機していました。一人で。業務で日をまたいだことは、生涯を通してこの日だけです。仕事で徹夜などをしたことはありません。 21世紀に入ったところで、東京へ転勤になりました。東京での仕事はこれまでとは大きく変わりました。当初は電子ペーパー上にレンダリングする組版システムの担当ということだったのですが、2年ほどしてまったく違うプロジェクトにかわり、それ以後半年から2年程度という短いスパンで大きく違うプロジェクトに回される、というサイクルを繰り返しています。 直近では、機械学習を主題とした課題に取り組んでいます。画像処理・自然言語処理が中心です。ここ2年ぐらいは学生の頃よりたくさん論文を読んでいます。オープンアクセス万歳。 現職の良いところ 2000年代前半まではかなり自由にやらせてもらえました。Linux協会の活動も業務の一環として行っていましたし、FLOSS活動にも特に制限はありませんでした。 会社も安定はしています。これまでに働いていて、赤字だった年度は1回だけでした。ただ、主力である印刷に関しては斜陽であり、いかに新しい事業に活路を見出すかというのは常に課題です。 私が携わった範囲では、新しい技術に触れることができていました。これは個人的に環境として恵まれていたと思っています。必ずしも全社的にそういう傾向があるわけではありません。基本的にはオールドファッションな社風です。 労働環境も世間的に見ればかなりよい方でしょう。もっとも、事業部によっては激務であるとは聞いています。その代わりに残業代はきちんと出ます。 自己アピール ソフトウェアについて、幅広い範囲を取り組んできました。半年から2年で内容が変わりながらもなんとか追いついてそれなりの成果を出すことができていたと自分では思っています。 一方で長年取り組んできたのはDebian ProjectをはじめとするFLOSS活動です。アクティブでない年もありましたが、なんとか今も継続してやっています。最近ではuim回りでいろいろお手伝いをしています。このブログをホスティングしているマシンも20年以上Debian hammあたりからアップグレードを重ねてきています。さすがにいい加減i386は厳しいなという状況で、amd64への移行をいずれどこかでやる必要があるなと感じつつ数年経過しています。 私の職務経歴書、このブログ、GitHub, Qiita等を見て人材として興味のある方がいれば、ぜひメール、SNS(Twitter, Facebook) 等でご連絡ください。